昌子源は怪我が多く海外移籍挑戦失敗?短期間でJリーグガンバ大阪復帰

昌子源 ガンバ大阪に移籍




日本代表DFの昌子源選手がガンバ大阪に完全移籍する事が発表されました。

昌子源選手と言えば前回のロシアW杯での活躍が認められ、大会後にフランス1部トゥルーズに移籍しましたが、わずか1年、短期間の海外挑戦となりました。

海外挑戦期間が短いと、挑戦失敗との見方もあるようですが、果たしてそうなのか?を中心に、鹿島でなくガンバ大阪へのJリーグ復帰だった理由等も含め書いていきます。

昌子源のガンバ大阪移籍

昌子源

昌子源選手がガンバ大阪に完全移籍で加入する事が発表されました。昌子源というビッグネームだった事もありますが、完全に時期外れだった事も驚きの原因です。

通常どのクラブも1月の中旬頃に、新入団選手や編成発表、新ユニフォームや背番号を披露します。なので通常はその1月中旬頃というのは編成リミット。

その時期よりほぼ1ヶ月ずれての昌子源のガンバ大阪移籍発表だったので驚きが大きかったでね。

また、フランス移籍前に所属していた、鹿島アントラーズでは無く、ガンバ大阪に移籍したという事も驚きを大きくしました。

なぜ?鹿島でなくガンバ大阪だったのか?

こちらに関しては大手ニュースサイトにも詳しく書いてあるので、サラっとだけ書きますが、今回の移籍は昌子選手側からのアプローチでした。

アプローチは移籍が決定したガンバ大阪のみでは無く、神戸やもちろん、以前所属していた鹿島にもありましたが、上記にも書いている通り、チーム編成が通常終わっている時期だったので、鹿島や神戸は条件が合わなかった。

対するガンバ大阪はDFが補強ポイントだったのですが、補強が出来ずに新シーズンを迎えようとしていました。

そこでの昌子選手側からの売り込みだったので、ガンバ大阪にとってもメリットの大きい獲得だったという事ですね。

昌子源選手の海外移籍

いつ見ても美しいカウンター 最後にゴールを決められた選手を止めようと、必死に足を伸ばしスライディング。しかし届かずにゴールを決められて天を仰ぐ選手こそが、昌子選手ですね。

この時の悔しさをバネに海外移籍

決意を持っての海外移籍でしたが、わずか1年程度でのJリーグ復帰となると、海外挑戦は失敗したのかな?と単純に思ってしまう人もいるでしょう。果たしてそうなのでしょうか?

昌子選手、早期復帰の理由

孤独

一番に挙げられているのが、西洋の文化への適応が難しかった事と言われています。これだけ聞くと、ただのホームシックってやつじゃん!と思われるかもしれません。

しかしこのホームシックというやつは、本人が努力すれば何とかなると言うものでもありません。

また日本人は特に海外生活に馴染めない場合が多いと言われています。昌子選手の事では無く、あくまで一般的に言われている事なので、その点は一言添えておきますね。

日本人が海外に馴染めない理由

① 語学力が無い

俗に言う言葉の壁ですね。せめて英語が出来れば、多少はコミュニケーションも取れる為、馴染むのも早いと言われていますが、現地の言葉も出来ない、英語も出来ないとなると厳しいですよね。語学力が無い為、だんだん孤立して行ってしまいます。

② 日本人としての固定概念を崩せない

日本とは文化が違います。例えば、日本では考えられない事が海外では普通であったり、またその逆もありますね。ここではこれが普通なんだ!となかなか固定概念を崩せない人が多いのが日本人。郷に入れば郷に従え ですね。

③ 自分で何とかしようとし過ぎる

自分で何とかしようとする事は一見良い事なんですが、周りから孤立してしまう面もあります。困った時には周りに頼ると、それで受け入れられるという事もあります。言い方替えると日本人は真面目なんですよね。

語学力だけはしっかり勉強準備し、生活は程よく適当にと思えるぐらいの人の方が馴染むのは早いようですね。

真面目な性格の為、ケガに罪悪感を感じていた

昌子選手、とても責任感も強く真面目な性格。また世界で感じた悔しい気持ちをぶつけるために、並々ならぬ決意での海外移籍だったと思います。

しかし移籍先、フランス トゥールーズではケガの連続でした。昨季こそレギュラーに定着しコンスタントに試合に出ていましたが、今季は開幕前にケガで離脱。

ようやくケガが治り復帰したその試合で再び負傷。結局そのままトゥルーズで試合に出る事はありませんでした。

この試合に出れない状況、チーム状態も悪い中ピッチに立ち仲間を助けられない状況に心を痛めていたようです。責任感の強さ私は好きですね。

昌子源選手の海外挑戦は失敗だった?

今までも海外に挑戦した後、Jリーグに復帰する選手は沢山いました。ある程度、長期間海外で実績を作り、Jリーグに復帰の場合は別にして、年齢的にも若く短期間でJリーグ復帰したら、海外挑戦は失敗だったと言われる風潮がありますが、そうでしょうか?

山口蛍選手も、同じように海外挑戦は短期間でした。でも現在では日本屈指の選手となっていますよね。

宇佐美貴史選手もそうですよね。宇佐美選手の場合は海外が極端に短かったわけではありませんが、Jリーグや日本代表での活躍に比べると、あまり上手くいかなかった選手ですよね。

二人とも神戸とガンバ大阪に欠かせない選手です。海外挑戦が短かったからと言って、失敗とは一概には言えないという見本ですね。

日本人選手が海外チームにフィットしない

これは海外だったからという理由では無く、例えば同じ日本でも別のチームに移籍した後、どうしてもチームスタイルに馴染めず、出戻る。戻ったらまた活躍するという例は山ほどあります。

水が合わなかったという事ですね。昌子選手自身もトレーナーと合わなかったという事も言っています。ケガが多かったという事は、トレーナーと過ごす時間も長かった。そのトレーナーと合わないとなると、苦しかったでしょう。

いつケガが治るのか?このトレーニング方法で合っているのか?そういう疑問や不信感もあったのかもしれません。

他の海外チームへの移籍は選択肢に無かったのか?

チームにフィットしなかっただけの可能性もあるので、他の海外チームへの移籍は選択肢に無かったのかな?とは思います。

日本を代表するCB これからも日本代表の中心となる選手でしょう。やはりレベルの高い海外でもう少し頑張って欲しかった意見も多く聞かれます。

また快く送り出してくれた鹿島アントラーズのサポーターからも複雑な声が聞かれるようです。

応援していた選手だからこそ、複雑な気持ちですよね。

岩政大樹元選手・・・鹿島アントラーズのレジェンド的な選手ですね。岩政選手が付けていたのが背番号3 その岩政選手から鹿島の背番号3を譲り受けたのが、昌子選手でした。

その岩政選手のツイートが複雑な感情を物語っていますね。きっと鹿島ファンの多くが同じような気持ちなのでは無いでしょうか。

昌子選手の海外挑戦は失敗でも終わりでもない

昌子選手

今回、約1年間という短い期間で海外挑戦を終え、Jリーグに復帰した昌子選手ですが、ガンバ大阪と5年契約という長期の契約をした事から、もう海外は行かない?と思われている方も多いようです。

次のステップアップの為にJリーグに戻って来たんでしょう。試合に出られない海外で学ぶことより、試合に出られる日本で学ぶ事の方が多いと判断したんでしょうね。

海外で得た経験を国内で生かし、更にまた海外で成長する。。ステップアップの期間だと私は見ています。

昌子選手の挑戦はまだ続く

昌子選手の特徴
  • 日本屈指の対人要塞力
  • 地上戦で負ける事はほぼ無い
  • ファウルをせずに奪える守備
  • 空中戦も強力
  • ビルドアップは若干怪しい
  • 若干のスペ体質(ケガが多い)
  • ドリブルで上がりロングシュート打つも入るのは数年に1度

とにかくケガです。ケガさえなければ、今回の海外挑戦も、もっと成功を収められたはずです。Jリーグでもケガが無ければコンスタントに試合に出て、ガンバ大阪も上位に食い込む事は間違いないでしょう。

まとめ

昌子源選手がガンバ大阪に移籍とのニュースにより、海外挑戦は短期間で終わり、失敗か?と言う事もありましたが、Jリーグ復帰がイコール挑戦失敗にはならないと思います。

  • 水が合わなかった
  • チームスタイルが合わなかった
  • トレーナーと合わなかった

などがJリーグ復帰の理由として挙げられますが、どれも現時点での事、長い目で見ると国内で試合に出ている期間を作る事が昌子選手にとってプラスに働くと、昌子選手自身が判断したんでしょう。

今回の移籍は昌子選手側から売り込みがあったとの事は知られていますが、もちろん古巣である、鹿島アントラーズにも売り込みをしています。

鹿島側の事情により獲得は見送られましたが、しっかりと育ててくれた、鹿島に対しても筋を通していますね。そういう事からも男気を感じます。そして何より

成功か失敗かを決めるのは僕

と昌子源選手自身が言っています。他人に批判されたくないという単純なモノでは無く、批判されるのは覚悟の上で、今後の活躍見て判断してくれ!! という事でしょう。

鹿島ファンでもガンバ大阪ファンでも無い自分は、純粋に昌子源選手の今後の活躍を楽しみに見ていこうと思っています。

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